FBIとNSA (21)

「料理長」とその家族が別れたのは8月8日の午後4時20分ごろである。

伊丹空港で「妻」と「娘」はタクシーを使い新大阪駅へ、「料理長」は羽田へ向かった。

 

その両方に情報機関関係者が張り付いている。

しかし、今回の追跡役はNSAでもなく、防衛省情報本部でもない。

彼らは本来の通信傍受業務に専念し、人を使った追跡業務は日本国内の諸事情に精通した日本の諜報員が主役となって行われた。

警察庁警備局外事情報部外事課長の指揮下で警視庁公安部、大阪府警、兵庫県警それぞれの警備部外事係が組織的に尾行と監視を行ったのだ。

彼らに「料理長」を派遣した中国の目的は知らされていない。

彼らには、

「アメリカ大使館から中国人民解放軍の大物工作員とみられる人物が観光目的と称して沖縄から来日した」

という情報が渡されているだけである。

他の説明が無くとも、日本の情報当局には、それが、「イタリア海軍空母装備品密輸出未遂事件」の主犯と目される人物であると瞬時にわかる。

アメリカをはじめとする西側大使館と日本の警察庁警備局あるいは警視庁公安部との間ではこのような情報のやり取りは日常的に行われており、共同作業すら稀ではない。

もちろん、日本側から大使館を通して、外国にいる関心ある人物の情報を依頼することすらある。それも外交ルートを通さずに・・・。それほど実務的なやり取りは頻繁である。

つまるところ、それだけ、国際的な犯罪が多くなっているのである。国内における防諜活動もただ国内だけに目を配っていれば足りる時代ではなくなったのだ。企業の多国籍化は産業スパイ活動をも多国籍化させるという訳だ。

ましてや、今回は日米の利害が一致する場合に相当する。全面協力が当然だろう。果実の分け前が重要なのだ。

ただ、今回はその果実が大きい・・・捕まえることができれば・・・だが。つまり、それがいつもと違っていることである。

ということで、証拠はないとはいえ、「イタリア海軍空母装備品密輸出未遂事件」の主犯と目される人物の日本入国は情報当局を緊張させたことは間違いない。

もし、「料理長」がそれを知れば・・・当然知っていたと思われるが・・・「料理長」も緊張を強いられることだろう。罠にはめられてはならないのだ。

情報機関でもあり、世界に勇名をはせるプロの捜査機関である日本の警察当局の監視する前では、どんな些細な違法行為も許されない。

万一、「料理長」が日本の捜査当局の手に落ちれば、西側諸国、米国とNATOはこぞって日本警察に犯罪調査協力を願い出て、他国での中国人民解放軍の諜報活動全般が危機に陥ることだろう。

脚光を浴びることの少ない日本の情報当局が張り切って尾行と監視に向かったのは説明するまでもない。

 

新大阪に向かった「妻」と「子」は新幹線で京都に移動し、一泊した。

京都には豊臣精密工業の本社と研究本部がある。

 

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