山雄 首を失いて主を救う/為朝 大蛇から珠を得る

八郎為朝は、八町礫の紀平治と出会ってからは、この者を愛で、普段からその家を訪ねては、共に狩りをするようになった。

 

狩りに行くときには、狼の二頭のうちの一頭を連れて、まるで猟犬のように、猪や鹿を追い出させていたのだが、狼は狼で主の手を煩わせるより、獲物を噛み殺してからご主人に献上することが多かったという事だ。

 

須藤重季(すどうしげすえ)はそんな為朝を心配し、為朝に

「若君は由緒正しき清和源氏嫡流、大国の主にもなれる身分ですぞ、大殿(である為義)から勘当されたとはいえ、直ぐに武道を忘れて、猟師の真似事をなさるようになられるとは、恥ずかしくないのですか」

と真剣に申し上げれば、 

為朝は、笑って、

「汝が言うとおりだ。しかし志というのはいつも表に表しておればよいというわけではない。今、権守季遠(ごんのかみ すけとお)の世話になって居る身であればこその、深遠な配慮というものもあるのだ」

と答える。

そのような日もあったという事だ。

 

さて、紀平治との邂逅から一年、為朝十六歳となったある朝のこと、いつものように弓矢を携え、山雄と呼ぶようになった狼を連れて、木綿山(ゆうやま)に出かけようとすると、須藤重季が主である為朝の袖を引きながら、

「それがし、昨夜の夢見心地が悪く、夢から覚めても胸騒ぎが止まりません。願わくは今日の山狩りをお止め下され。」

と真剣な顔で申しあげる。

 

為朝は笑って

「夢は五臓の疲れと申すではないか。」

杞憂であるといって相手にしないので、重季は為朝のお供をして付いて行くことにしたのである。

 

為朝主従が、木綿山(ゆうやま)の麓の紀平治の家を訪ねると、紀平治の妻である八代が出て来て、

「まぁまぁ、まずは白湯を召し上がりなされ。夫、紀平治は、この暁より、山へ出かけております。出て行って間ものうございますので、急ぎ足なら山の中腹にて追いつくことでしょう。」

という。

 

そういうことで、主従は白湯も早々に、健脚に任せて山道を急ぐことにしたのであった。まだ夜も明けておらず、行く手は暗く、紀平治に出会う事はなかった。

 

余りにも懸命に走り続けたので、疲れをとろうと大きなクスノキの下で、為朝主従は切り株に腰を落とし、夜明けを待つことにした。

 

するとどういうわけか、二人とも、ぬぐいがたい眠気を催し、つい微睡むと、狼の山雄が一声高く吠える。


山雄は狩装束をしている為朝が腰に巻いている行縢(むかばき)を噛み咥えて、引っ張ろうとする。

 

為朝も重季も驚き目が覚め、何事かと、四方に目を配るのだが、怪しきものの影も形も見えない。

 

「山雄が戯れにじゃれてのことであろう」

と、また、吸い込まれるように眠ってしまう。すると山雄が再び鋭く大きな吠え声を出し、いかにも攻撃して来そうな様子なので、為朝はただ事ではないと厳しい顔で

「虎狼というのは、人に馴れても、所詮は畜生。この畜生が、我らが寝ているのを見て、食ってやろうと考えたのであろう。そうであれば、目に物を見せてやろう。」

と、刀の柄を握りしめ、山尾を睨みつける。重季もまた、主と同様に油断なく、万一の際には山尾を刺し殺そうと、為朝と山雄の間に身を沈め身構える。

 

山雄はこの様子にも恐れず、なおも吠える事、二度、三度。

 

そして急に為朝に走りかからんとする。それを、重季、飛び交わして、丁と切る。

すると、狼の首は、躯(むくろ)を離れ、次の瞬間クスノキの梢がきらりと閃き、何かをむしり取った。

 

鮮血がザザーと地面に落ち溜まり、木の頂から何かが落ちて来る。大地がドゥと響く。

 

主従は、この怪異に驚いたがゆえ、警戒を解かなかったのであった。

 

して、夜明けの星の光越しに見ると、それはこのクスノキの幹ほどの太さを持ち、長さも計り知れないほどの蟒蛇(うわばみ)なのであった。その蟒蛇の喉元には、狼の首がしっかりと噛みついるではないか。

 

というわけで、為朝主従は、まだクスノキに半身を巻き付けて蠢き続けていている蟒蛇の体に、刀身を幾度も刺し通し、刺し通しして、ようやくのこと、それを殺したと納得できたのであった。

 

「さては、この蟒蛇が梢から我らを呑みこんでやろうと狙っていたのを知って、この為朝を守ろうと、山雄は猛々しく吠え、この裾を引いていたのだなぁ。それを我に害をなそうとしていると誤解してしまったとは、私が誠に愚かであった。その山雄は、今、重季の一刀で死ぬるといえども、その一念、首は飛んでも、主を救いしとは、あっぱれ殊勝なる忠義であったではないか。すまぬ、私が、間違っておった、間違っておった。」

と為朝が思わず語る言葉に、さすがの重季も面を上げられず、とめどなく涙が流れ落ちるのみであった。

 

この時、半ば明け始め、山々の峰を光が照らしていた空に、にわかに雲が沸き上がり光を遮り、風がサーっと吹き来る。


弥生の季節というのに稲光が間断なく閃き続けたかと思うと。雷鳴が恐ろしい音を立て始め、今にもクスノキの頂の上にも落ちそうな勢いである。

 

為朝、

「伝え聞くところによると、蛇も数百年を生きるものには、身の中に必ず珠(たま)があるとのこと。龍がそのような蛇が死んだと知れば、その珠を取らんが為、まず雷公(いかずち)を遣わし、天地を振動させるという。とすれば、この蟒蛇(うわばみ)には珠があるのであろう。重季、試しに割いてみよ。」

 

重季、

「承った。」

と、蟒蛇の喉元あたりから再び刀を突き立て、これを裂かんとすると、雨は盆を返すがごとく降り出し、雷の鳴り様も激しくなってくる。

 

為朝は、雷公が落ちてくるなら、それを射て獲ってやろうと、弓に矢をつがえ、狙いを、少し離れてとって身構える。

 

他方、須藤重季は、滝のような雨に濡れ浸かりながらも、雷公(いかずち)などものともせずに、既に大蛇の尾まで蟒蛇の体を裂いていたが、これというものは出てこない。

 

「それなら、頭のあたりにあるのではないか」

 

と、刀を取り直し、頭の皮を剥ぎ、あごの下を探り、骨の間に何か物があるのを見つけ、これではないか、と喜び、引き出そうとしたとき、四方を真っ暗闇にしてひと塊の黒雲が須藤の体に覆いかぶさる。

 

と、そのとき、大雷鳴が天地を動揺させ落ち来るのを、為朝、自身の限界まで、よく引き絞りたる弓矢にて、ヒョウと狙いはなった矢は、多少の手ごたえがあったのだろう、激しく降っていた雨はやみ、雲も収まり、朝日までもが東の岸の方から昇って来る。

 

為朝、すわっとばかり、重季に走り寄ってみると、憐れ、重季、脳砕け、肉破れ、全身黒焦げとなり、四肢は繋がる所なき有様であった。しかし、さすがはあっぱれ、為朝が従者、右手の刀は放しておらなかった。他方の左手は血で塗れそぼってはいたが、ひとつの珠をがっしりと握りしめ、死んでいたのだった。

 

(原典の脚色現代語訳と小説化は本FBページの所有者 いいしげる

 

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