FBIとNSA (20)
日米挙げての大包囲網にも拘らず、8月4日、5日、6日と他の中国人観光客と一緒に行動する「料理長」は宮古島と多良間島の観光以外に何も行動を起こさなかったように思えた。
40代半ばの「料理長」には30代の「妻」と10歳ぐらいの「娘」が同行していた。
6日に「家族」は他の観光客と別れ、宿舎を移った。
それに対応し、日米の諜報員チームでは一人を除く3人が「家族」が新しく移った長期滞在の観光客が利用すると言うコンドミニアム型ホテルを監視することとなった。
その間日本の情報担当者の一人が「家族」が2泊した部屋を宿泊者として確保し、「痕跡」を探したが、何も発見されなかった。
しかし、ホテルのフロントロビーでは「宮古島、石垣島、西表島の海岸、特に太平洋に面したの海辺でのイベント」について知りたいと「妻」と「娘」が地元観光案内のチラシを調べる姿が見られたという。
その間「料理長」も「家族」も電話一本かけることはなかった・・・と傍受部隊は報告する。
全ての通信が傍受される中で、4日、5日、6日の3日間の中国語による会話、日本語による会話の分析によって、観光客中にこの3人以外の誰かが潜んでいる可能性も否定された。
実は日本の諜報担当者にはこの「料理長」の「家族」の行動により、中国の目的がわかったということだ。
ただし、日本が他の独自情報と併せて把握した「中国の目的」を、この時点で直ちに、アメリカ側に伝えるということはなかったという。
日本側としてはNSAの目的が「『料理長』の目的を知ること」である以上、その手助けを誠実に実行するだけだったということだろう。
したがって、担当者からは『「妻」と「娘」が地元観光案内のチラシを調べ』ていたという事実のみが共同チームに報告されたものの、アメリカ側に「中国の目的」を伝えることはなかったのである。
もちろん、担当者からエシュロンに把握されないように別ルートで防衛省上層部の判断を仰ぐ報告が別途なされたことは言うまでもない。これには宮古島に駐留する航空自衛隊が関与したようである。
とはいえ、『「妻」と「娘」が地元観光案内のチラシを調べ』ていたという事実の報告は、メリーランド州フォート・ジョージ・G・ミード陸軍基地にあるNSAの本部に伝わると、15分で日本側と同じ結論を導き出し、NSAにおける本件の作戦責任者(ブライトマン本人?)は日本の防衛省情報本部の幹部に専用回線で連絡を取り、情報共有と危機管理について協力を依頼したのである。
この辺りの詳細は、説明者の国家安全保障局(NSA)ハリー・ブライトマン中佐が、時々さしはさまれるFBI副長官ジェリー・ダールの質問に答えていくなかで、私が勝手に想像した物も含まれているかもしれない。
なにしろ、信じられないことが連続したあと、現実とは思えない状況下でアメリカの捜査当局高官と諜報機関幹部の間でメモもとらず、国際情報戦争の話を聞かされている訳・・・だから多少の事実の齟齬は勘弁願いたい。
その後の「料理長」と「家族」の行動を完全に把握することができたのは、エシュロンを始めとする通信傍受網の大包囲作戦が、宮古島のコンドミニアム型ホテルからの暗号通信を見事に捉えていたためと考えられるが、この小説の主眼ではないのでそれを割愛する。
この小説の舞台は関西とロシアに移ることになる。