FBIとNSA (16)
「薄田です」
と携帯の小さなスピーカーの穴が叫んだ。
「後藤です。薄田さん、あなたのところに大野君の件は連絡が入っていますか」
薄田は私と同期の人事課長だ。あまり面と向かっては「薄田さん」とは呼ばないのだが、なぜだか、この場合のこの電話では「薄田さん」になってしまった。
「後藤か。今ロスアンゼルス支店だな。そっちはどうなんだ。支店長のグリーソンて奴から1時間ほど前に電話があってびっくりしてな。あっちこっちに連絡を取っていたところだ」
「大野君の家族には連絡したのか」
「ああ、社内ネットに繋いで、ご両親の連絡先がわかったから、さっき電話を入れた。先方は先に外務省から連絡を受けていたところだったようだ。
こっちが名前と役職を名乗ったら、矢継ぎ早に質問をされて困った。こちらには大野君が亡くなったという情報がロスアンゼルス市警から入ったとしか話す材料がないんだ。
後藤、詳細を教えてくれよ」
「私はまだ事情があって空港の建物からも出ていないんだ。・・・・・・こちらの政府のお役人からお出迎えを受けて、大野君がコンベンションセンターのどこかで亡くなった。殺人らしいと聞いたところだ」
「殺人だって。大野君は殺されたのか。誰に。どうして」
「それはまだ分からない。とにかく急だったので、大野君の家族に連絡しなければと思って、薄田に電話をかけたという訳だ」
「直属の上司として・・・か。それにしても、ロスにいる君の所でも、まだ何も分からないということだな・・・。
困ったなあ。少しも分からないのかい」
「そうだ」
「それにしても殺人か・・・。それは未だご両親には伝えない方が良いだろう。もうちょっと詳細が解ってからの方が良い。亡くなったと言うだけでもショックで打ちのめされているのに・・・。
大野君のご両親・・・、父親の話では外務省の人間がご両親の家を今日の午後にも訪問するということのようだ。
その時に話が出るだろうし、同じ不幸でも・・・、殺人となると・・・やはり電話で肉親にお伝えするのは難しいだろう。
わたしも人事部長と社長に相談したうえで、大野君のご両親のところへ、埼玉の方へ出向くことになるだろうし・・・、よろしく伝えておくよ。私が挨拶が終わったら、連絡を入れるから、それからご両親に話せばいいんじゃないかな。いま、ロス市警に事情を聞かれている最中なんだろう」
「ああ、色々な役人にね。今はFBIと話をしているところだ。
社長といえば・・・
社長は・・行方・不・・・」
横にいたブライトマンが私の左腕を黙って引っ張り、携帯をもう片方の手で塞いだ。
「豊臣さんの話はまだ早い」
と言い、私の目をじっと見た。
私はうなずいた。
私の腕を引っ張っていたブライトマンの力が緩まり、私は携帯を耳につけた。
「ご免、それでは、大野君のご両親にはよろしく伝えておいてくれ」
「社長の扱いは任せてくれ。心配ご無用だよ。では・・・」
「じゃあ・・失礼」
「ブライトマン中佐は横須賀勤務経験があって、どうやら日本語が解るらしい。
私も驚いたが、後藤さんもおどろいただろう。」
とダールが眉根に力を入れてブライトマンと私を見た。
「まったくです。私のおしゃべりはこれから監視されるのですか。人道的に扱っていただけると約束されたと思っていたのに」
「びっくりさせて申し訳ない。脅かすつもりも、乱暴にするつもりもありませんでした。
最初に注意をするべきでした。申し訳ありません」
ブライトマンが私に向かって日本式のお辞儀をした後、ダールに向かって、
「以後気をつけます」
と言いながら続けた。
「豊臣さんと後藤さんの安全にかかわることでもあり、また、国家の安全にかかわることに関することなので、今後も多少不便をおかけするかもしれません。
そんなに難しいことではありません。お願いしたいのは4点です。
NSAが貴方の身辺にいることを他言しないこと。あなたの会社の機密を秘密にして置いていただくこと。豊臣社長が行方が分からなくなっていることについては、所在がはっきりするまで言わないこと。それから私どもの指示に従って行動していただくこと・・・です」
とブライトマンが言った。
その時、キャステラが私の荷物を持って部屋に入ってきた。